心地好い温度に満ちた広い部屋に、姉妹のような仲睦まじい ふたり の姿があった

畳に正座している姉のような女性…ひとの姿をしているが、斬魄刀―袖白雪である 何故、実体化しているのかはまた別の機会に
そしてその膝に頭を預けてちいさな寝息をたてている妹のような少女の名はルキア―袖白雪の持ち主である

まだあどけなさが残っているその寝顔を覗き込んで、袖白雪がやわらかく口元に笑みを浮かべた そのときであった

「失礼致します…あら ルキア様は」
「このとおりです 何か」
袖白雪が膝上の黒髪に手を滑らせながら答えると、使用人はさっと口に手を添え声を小さくした
「白哉様から御用をことづかっているのですが…どうしましょう」
「それでしたら私が」
「いえ、それは…」

「私 が」

…一介の使用人が 斬魄刀の霊圧には、凍りそうな笑みには、勝てなかった




「…私はルキアを呼んだ筈だが……」

文机に向かう朽木家当主 朽木白哉の前髪をひとすじの冷ややかな風が揺らした

「貴方に物申したいことがございます」
掛けられる声も無く風に裂かれるように開いた障子は、袖白雪が入室すると冷たい音をたてて閉まった






「ん… あれ、袖白雪?」

快い眠りから覚めた少女はぼんやりとした眼で部屋を見回した
しかし、彼女の愛刀の姿は見あたらず
「一体、何処へ行ったのだ…」とルキアは首を傾げながら部屋を後にした


「あら、ルキア様 どうされました?」
「ああ…袖白雪―真っ白な装いの女を知らぬか?」
「その方でしたら…白哉様のところへ向かわれましたが」
「えっ……そうか 有難う」

使用人に礼を告げ、ルキアはさらに足早に進む
「何故…兄様に 袖白雪…」
全く 状況がわからないが とりあえず、白哉の部屋へとルキアは急ぐことにした




ルキアが廊下を行くと、辿っていた霊圧が前方の曲がり角辺りに近付いてきた

「兄様、あの…」と急ぎ近寄り、呼び止めようとすると、

「ほぅ…この俺と主を間違えるとは―全く 嘆かわしい」
「貴様は、千本桜…!」
思わずルキアが後退りして見上げると、面で表情は見えぬが見下すような姿勢で此方を見る男―白哉の斬魄刀である千本桜が立っていた


「霊圧も気配もまともに読み取れぬとは、主もよくこのような者を死神としたものだ」
「―」
「何だ、言い返さぬのか―いや、言い返せぬのか」
「…悔しいが、そのとおりだ 私は、朽木家の名をいただくのも 白哉兄様を“兄”と呼ぶにもまだまだ足りぬ…」
そう呟くちいさな体は、ますますちいさくなっていく
「な、そこまでは言っておらぬ……だが確かに、俺の主たる者だ 護廷十三隊のなかでもその才は抜きん出ているがな」
「そう!そうなのだ…兄様はお強く、しかもそれだけでなくとてもお綺麗で…」
「あれほど、桜の似合う者はいない」
「それに兄様の手からつくりだされるものは皆、素晴らしいものばかりで…」
「その主たるものが、この俺「そう、なかでも わかめ大使は最高の傑作だと思わぬか…!」

「え…」
「む?」

どんどん加熱していっていた(?)ふたりの会話のあいだに、突如 地響きと大きな爆音がはいってきた






「ルキアは貴方の使用人ではありません 大した御用もありませんのに、呼び付けないで頂けますか」
袖白雪が宙を舞い、言葉を地へと降らすと大きな氷の柱が空へとそびえ立つ
「―貴様、ルキアを侮辱するか」
その氷の柱は次の瞬間には桜吹雪で細かい氷の粒へと変化する
それを避けてふわりと袖白雪は塀のうえへと降り立つと、其処から白哉へ向けて白い波が襲い掛かった
「侮辱など 書庫から書物を探して出しておけ、書類を隊舎まで届けろ なんてつかうほうがひどいと思いますが」
「…ルキアが、嫌と申したか」
「直接では、ありませんけれど でも、いつも彼女は貴方のまえでは可哀相なほど縮こまってしまって…その後に残るのは溜息ばかり」
「…」
「家族 というのに、何故そんなにもよそよそしく……私はずっと一緒にいましたもの 彼女が、そう 生まれてからずっと
…だから、私は」
「袖白雪!」
「主!」

次の一撃をお互い繰り出そうとした白哉と袖白雪のまえに、ふたつの影が立ち塞がった

「袖白雪 刀を納めろ 白哉兄様 どうか、」
「主、何があった」
「…其処を退け ルキア」
「退くのです ルキア」
「嫌だ、嫌で ございます…!!」
「俺は無視か」

約一名を取り残して、話はすすむ
「兄様も、袖白雪も 一体どうしたというのですか」
「…」
「……」
ルキアの問いかけに当のふたりは目も合わせず、口をつぐむばかりで



「…部屋に戻る」
「あ、兄様!」
沈黙を真っ先に破ったのは白哉で、そのあとに慌ててルキアが続く
「―ルキア、」ちいさくそれに続こうとした袖白雪の肩を 取り残されていた男の手が引き止めた






「兄様、あの…」
義兄の自室に入り、ルキアはところどころ濡れて破れた着物を着替えようとする義兄を見た

「……おまえは、構わずとも良い」
ルキアの手から新しい着物を取ろうとすると、彼女は一歩 後ろへ下がった
「?」
「御手伝い させて下さい…袖白雪絡みということも、ありますし―それに、自惚れても宜しいのでしたら 何だか私についての話だったのでは…」
大きな着物を広げながら言う言葉は語尾に至るほどにちいさくなって、ルキアは僅かに白哉を見てはにかむ
白哉は何も言わず、大人しく用意された着物に袖を通した






「確かに、俺も貴様の主のことは認めてはいない だが、今日少し 話をしてわかったこともある」
「先に斬りかかってきたのは其方の主のほうです」
「大人になれ 袖白雪」
「貴方などに言われなくとも、解っております それに私は大人です」
千本桜に背を向けて、袖白雪は庭の池を覗き込みながら更に つんと そっぽを向く
それを見て、千本桜は仮面のしたで溜息を吐く
気にかけ過ぎてくれる義兄と、今度は姉(母?)まで付いて、あのちいさいのもなかなか大変だよなぁ…とルキアに一種の同情さえ感じ始めていた
「ルキアに対するあの態度 もう少しやわらかくても良いでしょうに」
「…主もただ接し方がわからず、つい口実をつくり機会を設けることしか出来なか「…散ってしまえ 千本桜」
「な―っ、主!!!!?」

ひらひらと季節はずれの桜が舞って、いつのまにか 着替えを終えた白哉は苦い表情で其処に立っていた
その後ろから出てきたルキアは、池の淵に立つ袖白雪を後ろからそっと抱きしめる

「あの…ルキア、私は…」
自分に回されたちいさな手に手を重ねながら、袖白雪は俯きながら後ろの少女に言葉をかける
「兄様だけではなく、私も不器用なのだ…心配をかけてしまったな すまぬ 袖白雪…」
「―いえ、私こそ 申し訳ありませんでした…」
「だ そうです 兄様」
抱きついたまま、くるりとふたりぶんの体を白哉のほうへ向けながらルキアが言うと、白哉はそっと目を伏せた


刀を交えた当人たちのあいだのわだかまりが全てとけきったわけではないけれど
氷雪が融けて桜咲く 季節 はゆっくりとくるものだから……




氷雪とけて 桜咲くように












「何故 俺がこのような扱いを受けねばならぬ」と千本桜の恨み言が聞こえてきそうですが、特にギャグでは複数の登場人物がいるとどうしても“ぞんざい扱い役”が欲しくなってしまうもので(笑) 恋次とあまり違いが無くなってしまったような
『斬魄刀異聞篇』がもうそろそろ終わりに近付いてきていますが、千本桜と袖白雪の性格やら、主との語らいの情報が少なくてなかなか文章をだすことができませんでした… また修正するかもしれません…












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