部屋の主の姿は無かった
代わりに、文机から畳、そして縁まで無数の紙が風に遊ばれ散らばっていた

それを拾いながら縁へと進むと、皐月晴れの光に目が眩む
目線を庭の躑躅に移すと、その陰から鶸色の袖の端がのぞいていた

「何を、している…」
庭へ降り、近付きながら問うと、此方を振り向いたルキアは僅かに眉を顰めながら、人差し指を口に当てた
そしてちいさな声で

「兄様、お静かに願います」

などと言う

訳がわからぬ

「…一体、何だと」
それでも、言われたとおりに私は声をちいさくして尋ねると、義妹は躑躅の間を行く敷石の上を指差した
しゃがみ込んだルキアの目線に合わせ、私もルキアの隣に腰を降ろす

其処には、嘴の両側がまだ黄色い、ちいさなちいさな雀の雛鳥が居た

「巣から落ちてしまった様で、先程から気になっているのです」

「巣に戻してやれば良かろう」
「それが、駄目なんです」

私の提案にルキアは困ったように首を傾けた

「触れてしまうと、人の匂いが付いてしまって、親鳥は自分の雛鳥だとわからなくなってしまうことがあるのだそうです
 せめて親鳥がこの子を見つけに来るまで、猫や鴉が来ない様に見張っていようと思って…」

ちゅん、ちゅん、ちゅん、ちゅん
絶え間なく大きな口を開けて雛鳥は囀っている


「…逞しいな」
ふと、思ったことを口にした

そんな私の言葉に、ルキアは二、三回まばたきをしてから

「でも、きっと淋しくて、不安で、はやくみつけて欲しくて、必死で、仕方ないのだと、思います」

静かに告げた


―そうだ、

この娘もかつてそうであった


過酷な環境に ひとり


「ルキア」
「でも、兄様…、こうやって雛鳥を兄様と私が見守っている様に、支えとなるものはいつも傍にいてくれていると思うのです」

今度は私がまばたきをすると、義妹はふんわりと微笑んだ


「そのおかげで、私は―あ、」

微かな羽音がして、私達の前に、雛鳥のもとへ、一羽の雀が飛んで来た

雛鳥は先程より高い声で囀りながら、羽を、からだを震わせている

「良かった…」
雛鳥が親鳥に連れられて躑躅の木々の間に消えていくのを見届けるルキアを見ながら、
私は先程ルキアが言い掛けた言葉が気になっていた

はっきりしないものを抱えながら立ち上がるが、ルキアはまだしゃがみ込んだままだ

「あ、あの…兄様…」
どうやら、足が痺れているらしい

ふと、開いている方の手を出すとちいさな両手が掛けられた

「す、すみませぬ」

僅かにかかる、この娘のおもみ

私はこの娘の支えになれているのだろうか


余計なことをして、この娘の本当の姿を消してしまってはいないであろうか



「兄様…?」

黙ったままの私を見上げるルキアの両手を握り返す


気付きたくは無かった臆病な疑問の答えは未だ聞かずに、今はこの手にあるあたたかさで充分だと思った



「兄様、それは?」 「…お前の部屋に散らばっておった」 「あ、………すみませぬ」




五月になると木の枝や塀の上で親雀が雛雀に餌をやっているのをみて、可愛い可愛いとときめいています。
何だか兄様の臆病な部分が押し出されてしまって、兄様らしくない兄様になってしまった気がします…
ルキアもそれに影響してか、どちらかというと白→←←ルキな力関係(笑)になってしまいました…


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