くしゃみと涙がとまらなくなる 花粉症
温かくなったと油断したらやってくる 花冷え
そして、人事異動
俺が 春を嫌いな理由
ころ ころころ…と軽やかな音をたてながら、筆が紙のうえを転がる
その筆が描いた黒い歪んだ線に思わず我に返ったけれど、紙の余白はもう元に戻せない状態であって
「―はー…っ く、しょんっ!」
そしてその人事異動草案書は最後に大きな黒い点を付けられて、書き直す他 無くなった
「―…やれやれ」
あまり公には曝すべきではないものであるので、鬼道で火を呼び出し 本日何枚目かの草案書は跡形も無く燃え消えた
朝 出勤してきてからずっと同じ姿勢で机に向かっていたから、肩がひどくこっている
花粉症で鼻呼吸がし辛いのと、進まない作業と併せて少し頭痛がしだしているから、気分転換にとお茶を頼んだら
今 一番俺を悩ませている本人が盆に茶を載せてやってきたのだ
「障子 閉めますか?」
「くしょんっ…―あ、すまん」
部屋の空気の換気にと開けたけれど、やはりくしゃみが止まらなくなった
そんな俺の様子に、朽木は「毎年 大変ですね」と苦笑いして障子を閉めに立ち回る
文机の上に出しっ放しであった草案書一式を慌てて片付けると、振り向いた彼女と目が合って思わず口を開いた
「朽木―元気か?」
「…? はい」
「それなら良いんだ」
不自然すぎる会話は明らかに俺が作り出したもので、朽木は怪訝な顔をしている
「…もしかして」
「な、何だ?」
「風邪ですか? 此処のところ朝夕は冷えましたし」
端にあった打乱筥から羽織を取り出す朽木と、先程まで筆の進まない草案書があった文机を交互に見遣る
席官になれば、危険な任務が増える
だが、―それ以上に俺が気になっているのは、朽木と他の隊士達との関係だった
彼女の立場と入隊時の蟠り、海燕の件、そして藍染謀叛の件
時と共に理解はされつつあるが、その関係は今でも 何処か分け隔てたものがある
だが、それ以上に俺のなかでなにかが異物感として胸をざりざりと引掻いている
この娘にとって 一番良い判断が出来ずにいる自分が歯痒い
毎年見る 席次通達のときの ふ と影の落ちた表情が、湯呑に揺らぎ消えて見えた
「これにて閉会する!」
元柳斎先生の言葉と同時に、隊長達は次々と部屋を退室していく
「白哉…おい、ちょっと話が」
扉の方へ向かっていた白哉に声をかけると、此方には振り向かずに歩みの速さだけ落とした
その様子に密かに溜息を吐き出しながら、「あのな、朽木のことなんだが…」と告げると、
「あれが如何した」
漸く此方を向いたと同時に 相変わらずの平坦な感情の面に揺らぎが一瞬みえたような気がする
「いや、それがな…」
頭に手をやりながら 目の前の男を見て、俺は自分が次に何を話そうとしたのか分らなくなった
「……」
白哉が もし、朽木の席官着任に「是」と言ったら…?
俺は、朽木をすんなりと席官に着任させるか…?
白哉が 「否」と言ったら…
俺は、何処かで安心するのではないか…?
俺は、白哉が「否」と言うことを期待していないか…?
確かに、任務の危険性や席官としての他の隊士との関係の問題は、現時点ではある
だが、朽木は充分 今でも前線で刀を振るっていると言っても過言では無い状況に身を置いている
他の隊士との関係の問題にしても、それは後から解決がついてくるのではないか
この迷いは、俺の利己的な感情だ…
人に頼ることが苦手なあの娘に、人に頼られる 重み ばかりをかけたくない故の
きっとあの娘は、自分の許容量以上に頑張ってしまう不器用なところがあるから―…
「いや、…何でも無いんだ」
「……ならば呼び止めるな」
俺を一瞥して立ち去った白哉の迷惑そうな気配のなかに、僅かに 本当にほんの少し
安堵が雑じっていたと思ったのは
この件について関わっている よしみ 故なのかもしれない
「俺もまだまだ、青いよなぁ……―悪い 朽木…っ、」
首を傾げ、陽を仰ぎ見ると この日一番の盛大なくしゃみが渡り廊下に響き渡った
そして今年も席官入りを果たせなかったルキア…
今年も裏でいろいろな思惑が飛び交っています(笑)
公私混同甚だしい2トップな春の一場面
浅漬け 目次