睦月 七日の まだ陽昇らぬ早朝
笊を手に外へ出ると、一昨日に降り積もった雪は未だ融けておらず
冷気が全身を包み、思わず邸のなかへ戻ってしまいそうになる
かじかみだした手指に息をひとつ 吐きかけ、己のやるべきことを再認識
襟巻を口元まで引き上げ、胸に笊を抱いて静かに戸を閉めた
広大な朽木家の敷地の一角にある菜園と薬園を抜け、更に奥に進んだところに野原のように開けた場所がある
足元に注意を払いながら雪に覆われた地面に目を凝らす
「あった、仏の座…」
数日前に見付けておいた目的のものは雪の白のなかに自己を鮮やかに主張していた
「これは、繁縷」
「薺に、御形」
寒さに負けず青々とした葉をひとつ ひとつ 摘み取っていく
流魂街に居た頃は此れらを口にしたこともあった
おかげで とは皮肉なものもあるが、食べることの出来る植物には詳しいほうだと思う
庭園の遣水を引いている小川の傍に場所を移し、芹を笊に加える
立ち上がって気付いた空は白くなり始めていて、慌てて菜園へ残りの菘と蘿蔔を取りに向かった
炊事場に戻ると、使用人が米や土鍋を用意してくれていた
襷で袖を捲り 割烹着と三角巾を身に付ける
「さて、始めるか」
笊の中の雪の滴を纏った緑たちを冷たい水を張った桶のなかに潜らせた
昨夜 夕食の準備に慌しい炊事場に赴き、其処を取仕切る料理長に七草粥を作らせてもらうよう頼むと、とても驚かれた
此れまで朽木家では粟や稗、黍、胡麻などの穀物を入れたものが七種粥とされているそうで、
双方が困惑していると、決め手となった言葉を発したのは意外にも清家殿であった
「ルキア様にお任せしましょう」
そのひと言に 料理人たちは私に手伝いを申し出てくれた
清家殿に御礼を言うと、「お喜びになられると思います故」と言われてしまった
あたたかな気持ちに再び満たされ、菜を刻む調子も一層軽やかになる
昨夜 お帰りになられるのが遅かった兄様には、まだお話ししていない
ふつ ふつ と粥の煮える音と一緒になるように とくん と鼓動が早まった
「おはようございます 兄様…」
御膳を持って部屋に入ってきた私をみて 一瞬 兄様は驚いた顔をされたが、
私が兄様の前へ進むまで静かに待っておられた
私の御膳も運んでもらって席に着いたが、― 急に緊張してきた
もしかしたら塩加減が悪かったかもしれぬ
水っぽいかもしれぬ
青臭いと思われるかもしれぬ
以前あったように 兄様に粥を召し上がって頂きたい ただそれだけで
勝手にひとり 突っ走ってしまったが、このようなものを兄様にお出しするというのも そもそも失礼なのかもしれぬ
様々な不安が過り、私が動けずにいると
「あっさりしている」
そう言われた兄様は、いつの間にか食事を始めておられた
「あ、の兄様」
「美味い―が」
言葉の間にからだが強張ってしまう
「早朝から出掛けたと思えば…」
「え…」
兄様の視線が私の手に定まる
若菜摘みと炊事で冷たい雪や水に触れていた其れは、知らぬ間にすっかり真赤になってしまっていた
「…!」
ふ と私に影が落ちたと思えば、手をとられる―兄様のあたたかな手で
伝わるぬくもりはとても心地好い…でも、
「あの、に…いさま」
食事中に席を立たれた兄様に、兄様のふるまいに驚いている私に気付いたように 兄様はゆっくりと手を離される
「もう一杯 いただこう」
その言葉のあとに 兄様のぬくもりの次に 私の手に移されたのは、空になった兄様の椀
「は、はい…!」
返事とともに兄様をみると、ちいさく頷かれた後 御自分の席に戻られる
給仕の者が動こうとしたが それを清家殿が制して下さった
私は自分の御膳そっちのけで、でも嬉しさに頬をいっぱいに染めながら 兄様の椀に粥を装ったのだった
また一年 ふたり 健やかにすごせますように―…そう願いをこめて
お正月には乗り遅れたので、せめて と七草粥です
ルキアは兄様のことになると一生懸命になって、悶々と悩んでいると良い―なんて意地悪なもっていき方をしてしまいました ごめんね
そしてとっても気が利く陰で支えてくれる清家殿(笑) 好きです
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