如月も残すところ あと数日
春の気配が其処彼処に感じられる うらうらな日和


ルキアが急須から三つの湯呑に茶を均しく注いでいると、
ぱりぽりと金平糖を音をたてて頬張りながらの可愛らしい自慢が飛んできた




「このあいだ御雛さまを買ってもらってね、あたしのお部屋に置いてあるんだよ」


「更木隊長がお買いになられたのですか?」
やちるに「熱いですから御気を付け下さい」と湯呑を手渡しながら、
ルキアはあの強面の十一番隊長と雛人形を連想して少々驚きながら尋ねた

「ん〜ん、つるりんとゆみちーも一緒に選んでくれたんだよー
ゆみちーがものすっごくこだわって選んでくれてね だからとっても綺麗なの!」


そう話し終えると 先程のルキアの心配を余所に、やちるは残っていた金平糖と共に茶を一気に流し込んだ

「ご馳走様!」
「またどうぞ」

どうやら此処に来た目的は 自慢話を片手に御八つに与ることだったらしく、満足したのか塀を軽々と飛び越えて行ってしまった


今迄 ひと言も言葉を発さずに其の場に居た白哉は、苦い表情でその騒がしかった客が消えた方を睨んでいると

「雛人形…」

ぽつりと傍の娘が口にしたのが耳に届いた
向くと、その呟きは無意識に出てしまったものであったらしい
「お茶 淹れなおしますね」と白哉の湯呑を下げるルキアは少し極り悪そうに頬を染めながら下を向いた




「欲しいのか?」
「ぇえっ!?」
単刀直入な質問に、淹れなおした茶を白哉に差し出すルキアは素頓狂な声をあげた

「いえ!私は」
「構わぬ 誂えるとなれば今年は間に合わぬが」
「いえ、本当に…、そのような!!」

相変わらず控えめで 遠慮の色濃い返事が宙を漂う

だが 興味を持ったようなので、折角である
この娘の納得するかたちで何かどうにか と難しい表情で思案を数秒 めぐらした後、手を叩いて家老を呼んだ






「此方でございます」

数ある蔵の奥の最奥から 男衆達で運び出された桐の大きな箱を開けると、なかには更に中小の箱が入っている
その箱を開けると、布で包まれたものが表れ、
そしてその布を取ると、三人官女のひとりが姿をみせた

「この雛人形はどうされたのですか?」
緋色の長袴の色は鮮やかで、黒髪は艶やかに整っている

「…私の母が、此処へ嫁いでくるときに持ってきたものだ」
答えながら白哉も人形を出していく

「兄様の、御母上様…」
「私もあることさえ知らなかったのだが―そんなに傷んではおらぬようだ」
「丁寧に 扱われておられたのでしょうね」

ふたりで 組み立てられた雛壇に、繊細な手付きで官女、五人囃子、随臣、仕丁、
そして御所車、駕籠、三荷揃、茶道具などを飾り付けていくと、艶やかな世界がひろがった


最後に、他の人形がはいっていたものと比べ やや大きい箱を開けると、
ルキアが開けたものからは女雛が 白哉の方には男雛が漸くその姿を現した


細やかな襲ねの美しさと 鮮やかに刺繍で彩られた着物に思わず眺めてしまう

ふ…と 空気が揺れたのに気付いて、白哉が義妹をみると 彼女は慌てて口元に手を当てた
「…すみませぬ、その…兄様が人形をお持ちになっている御姿が つい」
「…似合わぬであろう」

膝上に男雛を乗せて、珍しく ぼそり と呟くように告げると、ルキアは ふふ と淡く笑った








「でも 本当に素晴らしい雛人形ですね ずっと眺めて居たいくらい」

ルキアの背丈では最上段は届かないので、白哉が女雛を置いていると ルキアが うっとりとした口調で見上げていた


「では、ずっと飾っておくとするか」

「…それは…御嫁にいけなくなると聞いたことがあります…」

白哉の僅かに意地悪を含んだ物言いに対して、
ごにょごにょ と咽喉の辺りではっきりしない言葉を持余すルキアに
「……そのような予定があるのか?」と半ば問い詰めるように投げ掛けると、


「―ありません! ……なので兄様、」

男雛を白哉に手渡しながら、ルキアはもうじき咲くであろう桃の花と同じくらい鮮やかに頬を染める


「またこうして、一緒に雛飾りに御付き合い頂けますか?」




開け放った障子戸の向こうには、膨らんだ蕾をたくさん付けた桃の木が見えていた





節分に乗り遅れたので雛祭りを…ってこんなコメント以前にも書いた気がします
雛人形についてはその土地その土地での慣習があるそうなので、基本は自分のところので なかなか詳しくは触れないようにして(勉強不足 苦笑)
兄様とルキアが仲良かったらばそれで良いと強制的に思うことにします…!

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