朝餉の席に兄様の姿は無かった。

御膳の傍らに半分に畳まれた懐紙があり、
書いた人を其の侭表すかの様に静かな字で『茶室に』と認めてあった。

私は素早く食事を済ませ、離れの茶室へ向かった。



茶室へと続く露地は薄らと雪に染められ、ひっそりと静かで、
手水鉢の澄んだ水は少し痛みを感じる程冷たい。

清めた手のあまりの冷たさに、息を吹き掛けようとしたところに

「ルキア―此方へ」

静かな声で呼び掛けられ、振り返ると兄様が居た。
思わず両手を後ろにまわし、そそくさと兄様の後ろに付いて茶室へと入った。



手の痛みは茶室の暖かさのおかげでいつの間にか和らいだ。

交わされる言葉は無く、湯の沸く音に耳を傾けながら、茶を点てる兄様を見つめる。

こうやって兄様に茶席へ招かれるのは今回が初めてで、お稽古の時とは違った緊張感から私は背筋がぴんと伸びているのを感じた。

まろやかに点てられた抹茶の苦味は先に頂いた干菓子の甘味と調和して程好かった。


私が茶碗を縁外に置くと同時に

「此れを」
そう言って兄様が私の前に出したのは桜色の絹物に包まれたもの

「…見ても宜しいですか?」
「ああ」
兄様は短く返事をすると、私が返した茶碗を膝前に置いて点前に戻った。

包みをそっと手に取って開いていく


「…可愛い」

かちゃん、と棗の上の茶杓が落ちた。

「とても、可愛いです」
包みの中から取り出した雪の結晶を模した銀細工の簪と、
茶杓を落としたまま此方を向いた兄様を交互に見ながら告げた。


「―でも兄様、「…誕生日であろう?」
目を伏せて茶杓を拾いながら、私の言いかけた事を静かに遮って彼の口から発せられた言葉に
私は思わず簪を握り締めた。

「―っ、はい」

「…おめでとう、ルキア」

祝いの言葉が穏やかに鼓膜に届く

『有難うございます』
そうお礼を返そうとしたのに、言葉にならなかった。


この喜びは笑顔では返しきれないくらい