尸魂界を揺らがしたあの騒乱から ひと月が経とうとしていた
久々に袖を通した死覇装は何だか体に馴染まず、療養の時間という隙間を埋める為に今日もまた 十三番隊の修練場を借りて ひとり 刀を振るう
袖白雪は未だ、私のよびかけには応えてくれないまま 柄を握る手にはじわじわとした痛みが増えていって
ひとつの動作に身体は僅かに軋み 直ぐに息があがってしまう
修練場の使用許可をもらいに来た私に浮竹隊長は「あまり無理をするな―といっても聞かない よなぁ」なんて渋々といった表情で―
少し休憩しようと木陰に腰をおろし、緩くなった手の包帯を巻き直す
「んっ…」
新しくできた肉刺に眉をしかめながら溜息が出てしまう
只でさえ人手不足でどこの隊も慌しいのに、未だに力が戻らず 気遣われてしまう今の自分の状態が 物凄く、嫌だった
抱え寄せた膝頭に汗の滲んだ額を付ける姿勢でただ じっとしていると、だんだんと耳に入る風や葉の音が遠ざかっていく気がした
「っ駄目だ駄目だだめだ!!、――!?」
鬱々とした気持ちに傾きかけた途端、晒されていた項が ひやり と冷たい空気に撫でられて反射的に顔を上げる
其処には夏の強い日差しに照らされた修練場に変わりはなく
「…―よし、やるか」
そう言って、立ち上がった次の瞬間に
私の視界は白い光に包まれた
「ん…、私は…一体…」
何だか、身体の所在が覚束無い 目蓋がすごく重くて目があけられなかった
「…無理をするからです」
ふいに 涼しげな音をもった声が降ってきた
「誰だ…?」
確認は出来ないが、その声の主は私の傍に立っている
「―心とからだの均衡が崩れかけているというのに、また貴女は…」
言葉に溜息が交じる
「―っ!」
言葉の次に、氷のように冷たいものが額から頬へ滑って思わず身を震わせた
「…何を、そんなに急いているのです」
窘めるような口調
「急いてなど…私は焦ってなどいない―ただ、」
思わず、子どもの言い訳めいた返しに自分で戸惑う
「ただ?」
私の言い分の続きを、静かに促して
「ただでさえ、今は忙しいときなのだ 休んでいるわけにはいかない」
「けれど貴女は席官でも何者でも無い 代わりなど―他に幾らでも」
それは冷たく 突き刺さるような静かな声で
「…そう かもしれない そうだな」
こころの奥に常に在る 私の弱いところに しくしくと痛みを与える
「己の限界を知るべきです」
「―わかっている…」
そう、わかっているのだ
「、」
私の呟くような答えに、ちいさく言葉を呑み込む様子が伝わってきた
「…自分の力がちいさなことくらいわかっている」
だから 日々 挫けそうになっても己を叱咤し、立ち向かうこころが折れないように
「でしたら、」
「でも、それでも私は」
「私は 死神で―朽木ルキアでいたい」
「―」
「お前だって、そうだろう? 袖白雪」
…それでこそ、我が主です 朽木 ルキア…
そう 彼女の名を呼んでそっと目をあければ
其処は十三番隊の救護室であった
「―む…?」
くすぐったさを感じた右の手首には真っ白なリボンが緩く絡みついていて、ひらひらと揺れている
私の良く知る 愛刀―私の半身は、まるで添い寝をするかのようにその身を寝台に置いていた
「―っ…」
―思わず、ひいやりと でもやわらかな気配をまとった袖白雪を腕に抱きしめる
修練場で感じたあれは彼女のものだったのだ
「―有難う…」とともにこぼれおちた涙は柄に染みて白にとけていった
寝ていた私に掛けられていた二枚の毛布と三枚の布団を畳んでいると、「起きたのか 朽木? 入るぞ」と浮竹隊長が顔をのぞかせた
「浮竹隊長、あの 私は」
「まったく、いつもとは立場が逆だな 修練場で倒れていたんだ 様子を見に行って正解だったよ 何があった? 身体はどんどん冷たくなっていって…」
「御心配をおかけして 申し訳ありません―でも、もう大丈夫です」だから、あんな厳重に布団や毛布が掛けられていたのか…と苦笑する
「元の調子に戻ったようだな だが、無茶はするなよ」ちょっと叱るような表情の浮竹隊長に
「無茶はしません―凍えてしまうほど叱られてしまいますから」
そう いたずらを込めて言うと、私は腰に差した袖白雪をそっと撫ぜた
『斬魄刀異聞篇』で実体化した袖白雪の性格がまだよく把握できていないので、彼女のルキアに接する態度がわからないのですが、あの気高い姿勢とルキアのお姉さん的存在のような部分をなぞって書いてみました
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