白いグローブに包まれた自分の指先を見ながら、私に問う
“本当に、迷いも嘘も無いと言えるのか…?”
傍らのテーブルには真っ白な薔薇が此方をみている
「失礼いたします」
ぼぅっとしていたところに介添えのひとに声をかけられ、ちょっぴり驚きながら顔をあげると
「そんなに緊張なさらず とてもお綺麗ですよ」なんて鏡越しに微笑まれてしまった
眉の下がった情けない笑顔をヴェールで隠されてしまえば、何を考えているのか人は勿論、私にもわからなくなってしまう
白哉兄様とは、今日一度も顔を合わせていなかった
慣れないドレスに、慣れないピンヒールだからか 何だか足元が覚束無い
つい 下を向いて歩いていると、いつのまにかチャペル近くの控え室の前まで来てしまっていた
「……あ、」
ドアを開けると、其処には 白哉兄様が窓辺に居て 此方を ゆっくりと振り向いた
ヴェール越しだから、はっきりとした表情はお互いみえなくて
私がどうしたら良いかわからずにいると「ふたりに」と、私の傍に控えていた介添え人に兄様が告げた
ちいさく音をたてて、ドアが閉まると 白哉兄様は私に近付いて、顔を覆うヴェールに指先で触れ―動きをとめる
「白哉兄様…?」
「いや、」
「お時間です」
ノックの音に、兄様は口を噤んでドアへと向かう 私は ひとつ そっと溜息を吐いてその後に続いた
チャペルの入口に兄様とふたり 並ぶと、ふ と左手をとられた
顔を上げると、兄様と視線が合う
目の前の扉が鈍い音をたてて、開き始める
其処から シューベルトのアヴェ マリアが流れ出てくる
もう 後戻りは出来ない と、一歩 踏み出そうとした
「―え !?」
急に後方へと引っ張られて、気付いたら白哉兄様に抱き寄せられていた
ブーケが床へ落ちて、軽く音をたてて
「な、一体…!」と介添え人の声で、参列者が一気に騒ぎ始める
「白哉…さん!? 何を…!?」
「何をなさるおつもりで!?」
「!?」
「あの、あ…兄様!ひゃ…っ」
混乱のなか、白哉兄様が突然 走り出す 私の手を引いて
ざわめく後方を気にしながら、半ば引っ張られる状態で ドレスを掴み上げて走った
レンガの道はピンヒールが捕らえられ走りにくくて、足がズキズキと痛む
私の速度が落ちたのに気付いたのか、兄様が此方を振り返って足を止めてくれた
「は…っ、あ、え!?」
胸元を押さえながら 呼吸を整えていると、急に身体が宙に浮く感覚に包まれて
兄様は私を抱えて「じっとしていろ」と再び走り出す
後方に、追いかけてくる人達が見えて 兄様の肩につかまる私の手に、僅かに力がはいった
門を抜けたすぐのところに、いつのまに用意したのか 兄様の車が停めてあった
その助手席に、押し込まれるように乗せられて まだ混乱のなかにある私を置き去りにするように、兄様はすぐ車を発進させた
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