兄様に見立てて頂いたこの浴衣を着るのは、今日が初めてであった
花火大会はこの夏今までに二回、恋次や浮竹隊長達と行ったけれど、そのときは袖を通す気にはなれなかったのだ


部屋の姿見で何度もみたのに、新しい着物というのはどこか落ち着かなかった

でも、玄関で兄様にひとこと
「…似合っている」
と言われただけで、自分に馴染んだ様に思えてくるから
私は相当な単純だ


 


屋台が列なる通りは人の洪水でごった返していた
兄様は私の前を歩いて、人を掻き分けて下さっている

私はというと、兄様と逸れないように
そして、人混みに揉まれて浴衣が着崩れないように注意するのにいっぱいいっぱいであった


行き交う人たちのなかには離れないように手を繋いでいる姿も多くみられる
私は前を行く兄様の 手 をみつめた


「手を繋ぎたいです」
なんて言える筈が無い…恥ずかしいし、何だか子どもの様で…言えない

そうやって考え込んだ束の間

「…ぇ、兄様…?」
視界は見知らぬ人の背ばかりで、白哉兄様の姿を私はすっかり見失ってしまっていた


「どうしよう、」
この瞬間にも己の意思でなくとも、人の流れに流されて自ずと移動してしまう

「に、兄様っ!白哉兄様!」
声を張り上げても、周囲の騒々しさに呑まれてしまい、自分の耳にも届くか危ういところである


「兄様!兄様っ!…っ」


…―果たして、白哉兄様は私が逸れてしまったことに気が付いておられるだろうか…?

嫌な考えが過り、私は頭を振った
そんなことを考えるより、先ずは兄様と合流することが重要だろう?



「白哉兄様!兄様!…………っ兄様!!」
気付くと屋台と屋台の間にあった余地へ、兄様に引き出されていた

「大事無いか…?」
「……は、はいっ」
慌てて目を擦ると、もう一方の手に目がいった

―手…が兄様の手に、繋がれていた

意識してしまうと、嬉しいきもちと こそばゆいきもちが一気に溢れ出てくる
つい、握り返してしまう

そんな私に気付かずか否か、兄様はそのままの状態で歩き出した

屋台のある通りではない、横道の方へ



どんどん人気が無くなって、先程までの喧騒が嘘の様な静けさが近づいてくる

行き先を迷うわけではなく歩く兄様に、私はぐいぐいと連れて行かれる


「…兄様?どちらへ…」
「“真下”に行く」

「え?」
そう聞き返したとき、
頭上に

大輪の光の華が、ひらく


「う、わぁ…」
後ろに倒れそうになるくらい、いっぱいに夜空を見上げる



次々に鉄紺を彩る花火が咲く
耳に、からだに響く音



「凄いですね!兄様!」
隣をみると、私の方へ向いた兄様の御顔は逆光ではっきりみえなかったけれど
言葉の代わりに、兄様の手が更にしっかりと私の手を握り返した感じが伝わってきた






「花火は真下が特等席」と祖父が言っておりました兄様おじいちゃん…
今年はその場には行けなかったのですが、離れた場所から花火をみることが出来ました
兄様もルキアも人混みは苦手そうだと思って、横道に逸れて頂きました(良い意味で 笑)


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