月の綺麗な夜だった



そんな夜に上辺だけの笑顔やご機嫌取りの言葉は似付かわしくない と思い
灯りと人々と愛想笑いから逃れ、月の明かりだけを頼りに庭を歩いていた



気付くと、庭の終着点―塀に片手が着いた


両手を左右に、壁の滑らかさを確かめるように白に滑らせる

冷たい白

見上げると、白壁は私より遥かに高くて


囚われている者の様だ―そう思い、慌てて手を離した



壁に寄り掛かる様にして座ると、庭に植えられている草木から、懐かしいにおいが立ち上ってくる

着物が汚れる事も気にせず、駆け回った日々を目蓋の裏に描いてみる



…ふわ と記憶の中に、柔らかな香が入ってきた

顔を上げると、少し離れたところに柔らかな白色の花が、月あかりに照らされ咲いている


ふわり と微笑む花の傍で再度しゃがみこみ、花と共に白く輝く月を見ていた

花は茂った葉で私を覆い隠してくれている様だった


自然と安らいだ気持ちになり、自分への労いを込めて、ひとつ深く息を吐いた







遠くで使用人の私を呼ぶ声がした
私は更に霊圧までも消し、身を縮こめた



ふわり ふわりと花は揺れて、私の意識も揺らしていく







突然、ゆらりと身体が揺れて、瞳を開けた


「…………………………………」

「……………………………兄様」



月あかりを背に、逆光で朧であるが………怒っていらっしゃる…と思う


黙って夜会を抜け出した事について何と言おうか…と考えを巡らしていると、兄様が口を開いた


「…このような処で寝ていては風邪をひく」
「…申し訳ありませぬ」

「霊圧まで抑えおって…」
「……申し訳ありませぬ」

「…私以外では見つけられぬ」
「―兄様に見つけていただきたかったのです………」



…………今、私は何と口走った?

寝呆け頭の己の発した言葉に、思わず口を両手で塞いだ




すると兄様は、口を塞いでいる私の右手を掴んで


「別に悪いとは言っていないのだが」

と真っ直ぐに私の瞳を見ながら、静かに告げた



その時、ようやく自分が兄様に抱きかかえられている状態である事に気付き
私は恥ずかしさのあまり地に降ろしてもらえるまで、俯いたままでいたのだった


二人の周りでは、微笑ましげに ふわり ふわりと牡丹の花が揺れていた




おまけ