月が明るい夜は
眠るなんて勿体無くて

ふたり 漫ろ歩きながら、他愛無い言葉を交わす






時刻は子の刻三つを回った頃であった

警護にあたる者を除く邸の者は既に眠りについており、
部屋の中まで染み込んでくる虫の音のほかに耳に 届く音は無い

そのなかを白の夜着の上に枯茶の着物を羽織り、
足音もたてず流れるように歩む者が居た

この邸の当主 朽木 白哉である
一歩踏み出す度に黒髪がさらさらと肩を掠める

先程まで、持ち帰った書類の整理を終え、漸く床に身を横たえたものの、
眠りに入れず―それならば散歩に出掛けようと思い立ったのであった



灯りが消え、月の光だけが足元を映し出す濃藍に満ちた簀子を一定のはやさで進んでいたその歩みが、とまった

壺庭の向こうに、襖の隙間から僅かに灯りが洩れている部屋があったのだ
それは義妹―ルキアの部屋であった


部屋の前まで近づいてみるが、此方の気配に気付いた様でも無く
中からは物音ひとつせず、ただ 静寂が漂っている

「…ルキア?」

呼び掛けたが返事は無い

灯りを点けたまま寝入ってしまったのやもしれぬ…しかし、どうしたものか―
と、引手に手を掛けたまま思案した挙句、一呼吸置いてから襖を開けた


寝所の灯りは消えており、洩れていたのは文机の傍の行灯の灯りであった

そして、当のちいさな姿は、次に視線を移した 月の明りに濡れた縁に在った


「ルキア」
「っわぁ!…兄様」
ルキアは全く気付いていなかった様で、一瞬体を強張らせて白哉の方を振り返った


白哉は、立ち上がろうとするルキアを其の侭と手で促しながら
「灯りが点いていた故…このような時刻に、何をしておる」
「ただ、ぼんやりとしておりました」
「…そうか」

「兄様は何故此方に?」
見上げながら問うルキアの言葉に、白哉は自身の目的を思い出した

「今から少し出掛けるのだが…、如何する」

「御一緒しても、宜しいのですか…?」
白哉が返事の代わりに、肩から滑り落ちそうになっていた甚三紅の羽織をかけなおしてやると
笑みが月光にやわらかく 揺れた






秋の夜特有の涼気を纏った草の間からは、澄んだ虫の声が流れ、
それにせせらぎが伴奏となって耳に心地好い

ふたりは小道から外れ、川辺を歩いていた
月の光揺れる水面には、白哉と その少し後ろに付いて歩くルキアの姿がはっきりと映し出されている


「―寝付けなかったのか」

ひとりごとともとれる静けさで、白哉が視線をその影に向けながら問うと、
水の鏡越しにルキアははにかむような表情をみせた
「月が、とても明るいから―なかなか眠くならなくて…」

仰ぎ見れば、ふたりの上には淡くやさしく、清らかな光を注ぐ月

「灯りが無くとも十分な程だな…」
「はい…」

其れ以上、ふたりの間に交わされる言葉は無く、しかし 快い静けさが流れていく




暫くして、風が出てきた
吹かれた薄雲が月の光をぼかす

すぐ傍らで、魚か―水がはねた音がして、白哉は流れる深縹に目を移し、足をとめた


後ろから着いて来ていた筈のルキアの姿が無い

「……」
振り返れば、僅か後ろの草叢に紛れる様にルキアは居た


「…何をしている」
近づくと、ルキアは薄に手を伸ばし、それを手折ろうとしていた


「手を傷める」

僅かに、白哉が眉を顰めるとルキアは俯いた
おそらく此のまま 続けて制止の言葉を発すると、この娘はすんなりと聞き入れるのだろう―しかし、

「薄をどうするのだ?」

そう白哉が問うてから、ひと間の沈黙の後
「明日は十五夜なので…」と、返事がかえってきた

そういえば、そんな時期であったか

昨年を思い起こし、白哉は再び微かに眉を顰めた
「……浮竹達と共に、採りに行くのでは無いのか?」

自身の声のなかに、不平染みたものを感じて
白哉はそれを紛らす様にルキアの手をとった

白い手に傷は無かった


風が吹く やや強く
再び、仄白い光が辺りを満たしはじめる

「…違うのです」
ふたりの手に ぽつり と声がおちる

夜空が晴れていく


「今年は、そうではなくて…」

月の光に照らされ、はっきりとわかる この娘の 紅く染まった 頬

これ以上、問わずとも 想い は明確であった



「…それならば 明日、共に採りに行けば良いことではないか」

白哉は、ちいさな頭に言葉をおとす


「…隊務が終わった後にでも」
「共に、とは……兄様も、一緒に…?」

「―あぁ」

そう相槌を打ったそのとき、大きく見開かれたルキアの瞳に映った月
それを、白哉は 美しい と感じた


「―っ、では、私忘れずに花鋏を持って行きますね!」
手を胸の前で合わせながら、ルキアは白哉を見上げる
「あぁ」
「あ、それからお月見団子 作らねばなりませんね!」
「用意させよう」


月の光のなかでくるくると変わる表情は、愛おしさそのもの


「兄様、楽しみですね!」



向けられた微笑みに、白哉の口元は柔らかく弧を描いた






間怠っこしい、ですが それが良い(笑)
ようやく兄様を誘うことが出来たルキアですが、兄様はルキアの申し出ならどんなことでも表情変えずに内心踊り狂う心地で喜び噛みしめてそうです
昨年は浮ルキだったので、今年は白ルキで
“月見”とつながっているようでつながっていない設定です(…)

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