僅かに開けられた障子戸の間から朝露を含んだ秋の風が入り込んできていた
私は布団のなかで、心做しか固まってしまったからだを伸ばす
ここ一週間程 拗らせていた風邪は やっと昨日、熱がひいて
あとは微かな喉の痛みが治るだけであった
この調子だと、明日には隊務に復帰できそうだ
「ルキア様、お目覚めにございますか」
襖が開き、使用人が入って来た
薬湯が入った茶碗がのった盆を手にしており、私は眉を顰める
この薬湯は朽木家御抱えの薬師が調合したもので、とても良く効く反面 途轍も無く苦いのだ
身体を起こしながら、撫子色の着物を肩に掛けてくれる使用人を見てほんの少し口を尖らせる
「もう、熱もひいたのだ……出来れば、飲みたく無いのだが…」
「ルキア」
突然部屋に訪れた静かな声に、私はちいさく身震いをした
「…兄様、」
悪戯がみつかってしまったこどもの心境である
そろり…と見上げると、兄様は使用人に下るよう命じ、
そして入り込む風を気遣ってか、障子戸を閉める
私は慌てて寝癖のついた髪を撫で付け、居住まいを正した
「…今日は非番ですか？」
私の傍の茵に腰を下ろした兄様に尋ねると、「今日は遅出だ」と言われた
それまでの時間に此方に足をはこんで下さったことに、ほんのりと嬉しくなる
やや間があってから、
「それで、どうだ…？」
茶碗を私の手のひらの上にのせながら兄様が尋ねた
「あ、はい…熱はもうひきました―漸く明日、隊務に復帰出来そうです」
「そうか」
そんなやりとりのうちに、逃れられない状況になってしまっていた
手のなかには薬湯 仕方なしにそれを睨みつけていると、
「に…兄様…！」
兄様の冷たい手が、私の頬にふれていた
状況を理解するに従って、自分でもはっきりと感じる
うるさい心の音 上昇する熱
「まだ熱があるのではないか…」
「…っ、そんなことは」
言い返す為に兄様をみると、その瞳のなかに意地悪の色がみえる
かなうはずがない 兄様には
そんな思いがこみあげて、一気に薬湯と流し込んだ
しかし―やはりそれは、とても苦くて微かに噎せた
そんな私をみた兄様は「白湯を」と、部屋の外に控える使用人へ向け、直ぐに手を打つ
「…このくらい、平気です」
「そうか」
ほんの少し涙目になりながらの強がりは、意味を為さない
「こどもでは、ありませぬ…」
「…そうか」
兄様の一定の声音に自分はまだまだ こども だと思い知る
「…つまりませぬ」
ぽつり… こどもの我儘に似た言葉が口から出る
「ひとりでずっと…寝ているのは」
すべては風邪の所為だ
でも それは 私の本心そのもので―…
「………そうだな」
穏やかな返事が鼓膜に届いた
私の手から空になった薬湯の茶碗を兄様の大きな手が取り去っていく
「…っ、大人しく寝ます！」
「そうか…」
兄様の相槌には僅かに笑みが含まれていて、私は顔まで布団を引き寄せる
更に紅くなっているであろう顔をみられない為に
自惚れ過ぎだろうか
眠りにはいる間際、ぼんやりと瞳にうつった兄様の表情は
とてもやわらかなものであった