雪の重みのために 屋根のきしむ微かな音で、眠りから醒めた

視界に最初に映ったのは、
いつからか、何故か−綿入れを羽織っただけの格好で
床で まるで猫の子のようにまるくなったルキアの姿

何故 此処に、と立ち上がろうとすれば、
これも また、いつ かけられたのか
掛け布団が私から落ちた


身をちいさく縮めた娘の傍へ寄り、思わず 手を口元へと近付ける

−規則正しい寝息が、皮膚に触れる
「−…」

人に布団を掛けておいて、己はこの状態とは…
溜息を吐きながら、落ちたままであった布団をルキアへと掛けた




固く閉ざされた戸を引くと、光が差し込み 思わず手で遮った
とうに陽は昇っており、改めて 自分が眠っていた時間を知る
すでに縁は出ることが出来るほどに乾いており、其処に腰を下ろし遠くを見遣る

昨日も、そして今も 此処を去ろうと思えば瀞霊廷へと戻れた
−だが、そう考えると 身体は凍ってしまったかのように動くことを拒むのだ

屋根から下がった氷柱から、時を知らせるように時折 雫が落ちていく



目蓋を閉じたとき、部屋の方で足音と気配が揺れた
玄関の戸が鈍い音をたて開かれ、綿入れと間着姿のルキアが息を白に染めながら出てくるのが見える


「…ルキア」
そう 彼女を呼ぶと、弾かれたように此方を向いた
「…おはよう ございます」
一言ずつ、濃く 薄く 白い息が零れるのを見ながら答えると
ルキアは裸足のまま此方へと近付いてくる
紅をはいた砂糖菓子のような爪先をして


ちいさな羽音がして、小鳥が義妹の肩へ 頭へととまった
「…馴れておるのだな」
野の鳥が、人に馴れるなど知らぬ私は素直にそう口にすると、
餌を用意していた娘は、餌の小皿を私に差し出してきた

ルキアにとまった小鳥たちは、窺うように此方を見ていて
やはり 苦手だ と、そう感じた
娘はそれ以上 何も言わず、食事を始めた小鳥たちに目を細めている

触れようとすれば、逃げ
知らぬ素振りをすれば、其処にいる

幻ではないのに、幻のようだ


此処に来ても尚、つかめない現に狼狽えるしか ないのであろうか−…

「−明日には、発つ」
許された時間を己で再確認する為に、口に出した言葉であった
だが、その一言で辺りの空気がはりつめたものへと変わる


「…いつも、兄様は」
返ってきた重い声音と、いきなり立ち上がった義妹に驚いたのか、小鳥達は一羽残らず飛び立っていった
「、」
見上げた顔に浮かぶのは、哀しみというよりは怒りにちかく…私は言葉を詰まらせた
「兄様は」
唇を噛みしめ、其処から告げられる続きを待つ

すると、ルキアの表情が、一層 苦しげに歪んで−
「…何故、此処へ来られたのですか?
 何故、私に触れられるのですか?
 何故、私を惑わすことをなさるのですか!?」

 何故、私を
―私を、どうなさりたいと…」

泣いていた

ちいさく背を丸め、間着を両の拳で握り締め
大粒の涙が、縁へと落ちていっていた



「お前は−“妹”だ」
私にも、そしてルキアにも残酷な現実を突き付ける
まるで、最終通告のように
「……わかって、おります」

「―だが、私が歪ませた…」
立ち上がった私に、娘は涙で濡れた顔を見せる
胸が、痛む−… このような表情しか、私にはつくれぬのか と
「ルキア、お前を−苦しめた」



「…私は、構いませぬ」
静かな その一言は私の心へと溶けて
「ルキア」
「三年前、貴方から離れたのは…私も、歪んでいるから だから、兄様−」


充分であった

先程までの、私のなかで渦巻いていたものに対する応えは確かに此処にあった



衝動のままにかき抱いた身体はちいさく、儚く−…















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