―ふ…くしゅん、っ

重ねていた冷たい私の手と、温かなルキアの手の温度が、移り合って同じになるほど そうしていた
ちいさなくしゃみによって、時が動き出す


「―あ、も 申し訳ありませぬ…今、手拭を…」
現に戻ったルキアは懐から慌てながら手拭を取り出し、涙で濡れた私の手を拭こうとする
その手拭に見覚えがあり―私は手を避けた

「―え、と…」
「…構わぬ」
見覚えがあったのは、浮竹のものであったからであった
他者の気配を立ち入らせたくないという本音に、微かに 自嘲しながら、この状況でこれからどうするべきか―…とルキアを見ると、
この娘も困っている顔をしており、ふたり 無言になる


その沈黙を破るように、ちら ほらと舞っていた風花は、徐々に牡丹雪へと姿を変えた
空を仰ぐと いつのまにか雲が出てこようとしている

「―山は、天候が変わりやすいので… 白哉兄様…あの…」
ルキアも空を見て溜息を吐き、私に向き直ると 口ごもりながら
「このままでは雪は激しくなってくると思うので…、とりあえず 室内(へや)で火にあたりませんか…?」
と、提案し―



今に 至っていた







朽木の邸の彼の部屋と同じで、家のなかは物が少なく きちんと整頓されていた


火鉢をはさんで向かい合いながら、時折 思い出したかのようにどちらからともなく問いと答えを繰り返す

清家をはじめとする朽木の使用人達のこと 護廷十三隊の近況
そして、文鳥が死んだことを伝えると、ルキアは一瞬 息を詰まらせた後、ゆるり と哀しみを纏って目を伏せた
「三年のあいだに、変わらないものもあれば―変わってしまうものもあるのですね…」
それは どのことをさしたものなのかつかめなかったが、やけにその口調は私の知らぬ、大人びた調子を伴っていた

此処での生活の様子を話しているときに
「やはり、私にはこういった暮らしが合っているのやもしれません…流魂街での経験が役にたっています」
と、申し訳無さそうに苦笑いした
私が 何も言えずにいると、ルキアは はっと口に手を当てて、一言 断って夕餉の準備にと台所へと向かってしまった


ひとり残され、淹れなおされた茶に口をつけながら 改めて部屋のなかを見回した
あの娘の気配がこの家に馴染んで、満ちているのを感じる

ひっそりと、だがしかし しっかりと“生きている”気配を感じた





ルキアがおずおずと出したちいさな膳は、程好い味付けとあたたかさで私の身体を満たした
私が動かす箸に視線を感じ、「食べぬのか?」と問うと、ルキアは何故か気まずそうに 再び台所へと向かった

手のなかにある 兎が描かれた茶碗と、台所へ続く戸を交互に見遣りながら、私はちいさく無意識に溜息を吐く








湯浴みをすませ、火照りをとる為 開けた窓の外を見ると、雪は日中から 更に降り積もっていた
「白哉兄様、寝間の準備が出来ましたので…お使いになって下さい」

背に声を掛けられ 窓を閉めて振り向くと、ルキアが座して指をつきながら此方を見ていた
湯浴みの所為か 桜色に染まった肌から、私は訳も無く目を逸らす
「私は此処で良い」
外の冷気が気にならぬほど 火鉢で温められた室内は、布団が無くとも眠れそうであった 少なくとも―此処へ来るまで夜を過ごした場所に比べれば、充分であった
それでもルキアは困った表情をしたまま、火鉢を私の傍まで移動させ 寝間へと下がっていった



あの娘が 生きている
それを感じられれば良いと、思って いたのに…

私は愛刀の冷たさを首に当て、先程 見た肌の美しさに、私の奥底でちらりとかすめた感覚を振り切るように 冷静さを思い起こしていると、いつの間にか すぐ深い眠りがやってきた














  


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