蒸し暑さと身体の不自然な重たさを感じ、目を開ける

まだ朝早いというのに陽の光は既に強く射し、蝉の声がひどく喧しかった


夏の朝というのはどうも不快で好かぬ
そう思いながら額の汗を手の甲で拭った瞬間、どこかいつもと異なる調子を覚えた




「これで全部ッスか?」
自分の前に書類を並べながら、うんざりと恋次は上官をみた

「…ああ」
いつもより反応が返ってくるのが鈍い
その上官、朽木 白哉は普段の死覇装に隊長羽織ではなく、夜着の上に瑠璃紺の羽織といった格好である
そして此処は朽木の邸の一室

「大丈夫ッスか?夏風邪だなんて、隊長にしちゃ物凄く珍しいスね」
「…」

脇息に僅かに身体を預けているところをみると、大分不調な様子である

その上部下に、というか特に恋次にとやかく喋られると、
白哉はじわりじわり…と怠さが増してくるのを感じた


「あ、ならルキアに看病してもらえば良いじゃないスか、確か今日非番「文机の上の書類もだ、恋次」
「―…」
余計なことは言わないにこした事は無い
恋次はさっさと退散することに決めた



玄関へ向かう途中、恋次は渡殿の高欄に凭れている小さな姿をみつけた
「おぅルキア、暇なのか?」
「恋次、用が済んだのならさっさと帰れ。貴様の見舞いは騒々しくて兄様の体調が悪化する」

妙に刺々しい

そんなルキアの不貞腐れた横顔をみて、恋次は合点がいった

「……もしかして」
「何だ」
「隊長の部屋に入れてもらえないのくぁっ」

鳩尾に一発 抱えていた書類が辺りに散らばる
「―ってめコラ待てルキアー!!」

叫ぶ恋次などお構いなしに、ルキアは邸の奥に駆けていった




邸の奥にある白哉の寝所である離れ
そこへ繋がる渡殿の半ばでルキアは溜息をついた

悲しいような、淋しいような、悔しいような気持ちをぐちゃぐちゃと持て余す

其処からみえる庭の草木は暑さでぐったりとしていて、
反対に蝉たちはまだまだ元気が有り余っているように鳴いている


今朝、白哉は朝餉の席に現れなかった
体調をくずして臥せっていると使用人から聞き、
是非自分も身の回りのお世話を―と申し出た

しかし当の人 白哉は
「伝染してはならぬ故」
と、世話は疎か部屋に入ることも許さなかった



「兄様の……いけず」
心配だから傍にいたいのに
頼りないとしても…こんなとき少しでも御役にたちたい


じんわり…と顔が熱くなってくるのを感じ、ルキアが唇を引き結んだとき
襖が閉まる音がしたので顔を上げると、清家が寝所から出てきたところであった


「おやルキア様、どうされました」
「…あの、兄様は…」

当主である義兄の命が何よりも第一のこの家老に、此処に居たことに対する気拙さを感じながら、
ルキアはそれでも尋ねずにはいられなかった

そんなルキアの気持ちを汲み取ってか清家は少し間を置いてから
「今はお休みになられています…暫くの間は御一人に、と」

「そうですか…」

一礼して去る清家の姿がみえなくなってから、ルキアの足は歩みを進めた