*白哉とルキア*

眩しい小暑の蒼天に、一輪の白い花が咲く

この日傘は屋敷に出入りする小間物問屋が義妹の為に置いていったものだ
繊細な花のレースで縁取られ、地模様に小花が織り込まれている上品なもので、ルキアも気に入っているのだろう 庭に出る際、そして今のような出掛けるときに、必ずそれは彼女に付いていく

いつの間にか蝉が鳴きだしており、そういえばこのように―ふたりで歩き出掛けるのは何時以来であったか
そう考えて傍らを見遣ったが、ルキアは日傘の影に隠れて 何処を見ているのか全く様子がわからなかった

呼び掛ければ、顔を見せるのだろうが
そのまま彼女に視線を注いでいると 時折、ちらりと日傘を傾けて此方を伺う

気配か、時機の合わせか 暫く見つめていると、何度か気付く素振をみせるのが面白くなってきていた


しかし突然、日傘は閉じられた


 「どうした」

   「いえ、何だか その、兄様を差し置いて、私だけが涼むなんて…」
申し訳無さそうに言いながら、丁寧に布地の折り目を揃え畳んでゆく

 「私は平気だ」

 
 「いえ…それに、日傘があっては見上げても御顔が見えにくいうえ、何だか話し辛いのです」

直に日差が当たるようになった為か、それとも
彼女の頬は赤く染まっていく



「…少し休むか」
ちょうど甘味処の店先で立ち止まっていた故に、そう提案すると 遮るもの無く、微笑む顔が 傍に咲いたのが見えた



 日傘越しの熱視線








「わぁ…、とても良い香りですね」
ちいさな手に余る程ふっくらとした桃を眺めながらルキアが言った

昼過ぎ 突然 浮竹が尋ねて来た
そして「美味だから」という理由で、桃を両腕いっぱい分 押し付けて帰っていったのだ


「…少々、熟れ過ぎているが」
呟いた私の言葉に苦笑しながら、それでもルキアは
「でも触れただけで香りが手に移る程です きっととても甘いです」
と嬉しそうに桃に鼻を近づけている

「…早速、食してみるか」
「、はい!」

「誰か―」
桃を任せようと使用人を呼んだのと、その横で桃より淡い唇が果肉に齧り付いたのはほぼ同時であった

目をまるくした私と、桃から雫が一滴 落ちたのを合図に、桃に口を付けたままルキアの顔が青褪める


「…ぁ、あの― はしたない行い 申し訳ございません…!! つい、昔の癖を…あの、」
直ぐに桃から口を離し、頭を下げ詫びる言葉を口にするルキアの頭に思わず手を伸ばす

触れた瞬間、ぴくり とちいさな身体に走った震え
私はそれに構わずに、その頬に手を添え 顔を上げさせ―甘く濡れた口元を指で拭う


「直に食す方が、美味そうだ」
傍らにあった桃をひとつ 取り上げて、困ったように見上げる義妹を見ながらひと齧り


果肉は水気が多く、顎まで雫が滴り落ちる

「食べぬのか?」
「い、いえ いただきます!」

固まっていたルキアにひと言問うと、この熟れ過ぎた桃以上に頬を染めて、再び 遠慮がちに桃に口を付ける


ふたりのまわりに、瑞々しく甘い匂いが強く 強く漂い始める
それは部屋を抜ける風に消されることは無く ずっと 其処に残っていた


南風は甘く誘ふ










細雨が庭の緑を滲ませている
  屋敷のなかはしっとりとした静けさで、まるで水の中に居るようだ


用あって義妹の部屋を訪れると、踏み台に乗りながら更に背伸びをし、目一杯 腕を伸ばした後姿が窓辺に在った

其の手の先には、白い―てるてる坊主が揺れている


部屋の口に佇む自分に気付かずに、其の作業に熱中している姿を暫く眺めようと、腕を組んだ とき

がたり と踏み台が音をたてたのと同時に、素早く移動し 彼女の背に手を添えた


「―っ兄様、」
「吊り下げるのか?」

宙に掲げられた彼女の手から ひらひら揺れるてるてる坊主を取り、おそらく夏には風鈴が其処で音を奏でているのだろう 鉤のようなものに紐を掛けた

「有難う ございます」
はにかんだような声音が、未だ支えの役を為していた手を伝って響く


 

 雨のにおいと、土のかおりと、滲んだ世界に 私は急に息苦しくなって

 窓の外を見上げながら、肺に空気を取り込んだ


 雨の雫のなかの世界で








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