遅めの昼餉の席には、当たり前ではあるが 兄様の姿は無かった

確か今日は通常日勤であった筈だ
そうぼんやり頭の端で考えながら席に着くと、直ぐに 朱塗りの膳が運ばれてきた

ひとりで食べる食事は味気無いが、安堵のほうが大きかった
朝は特に、兄様と顔を合わせるのが億劫だから

食欲は無いが、形式として箸を動かしてはいるが、軽い頭痛と 僅かに嘔気が襲う
完全に寝不足である

あれから、布団のなかには留まっていたものの、一睡も出来なかった


「もう、良い…」
控えていた使用人にそう告げ、殆ど出された状態と変わらない御膳を下げてもらう
「お加減が…」
其れをみて心配を含んだ目を向けられたが、「大丈夫だ」と告げ、部屋に茶を運んでもらうよう頼んだ




部屋へと続く廊下の真ん中で立ち止まる
冬の庭は殆ど色が無く、まるで時間が滞っているような印象を受ける

ふと 目をひいたものがあり、庭へと降りた
吐く息は白く、だが直ぐに肌を刺す冷たい空気に溶けていく


自分と同じくらいの背丈の梅の木が、まだ枝の節と見紛うほどではあるが、蕾を形作り始めていた
一見 他の枯木と大差無いが、その沈黙の下に春を待ち、時が来れば変化を遂げようとしている息遣いがある



「…変わらなければ、何も―変えられない」
梅の一枝に頬を寄せ、呟く

自分に言いきかせる様に


指を絡ませていた一枝を手折り、そっと懐へ仕舞いこんだ






「いってらっしゃいませ ルキア様、お気をつけて」
送り出してくれる使用人に振り返り、軽く頷く

双極から戻ってから、彼らの私に接する態度はやわらかくなったように感じる
隠さなければいけなかったことが無くなった故なのであろう
白哉兄様、私―そして、緋真 姉様の 本当の関係 長いあいだ、私が知らずにいた

でも、私はそれをどうしても素直に受けとめれずにいた
長い年月が経った 今になっても

どうしても






夜になると一層冷え込みは厳しくなり、部屋の外に少し出るのでさえ億劫になる
隊舎には篝火が焚かれ、室内には火鉢が配される

私の当番ではなかったのだが、丁度 用事もあったので隊長への報告の代役を引き受けた
日勤の隊員から申し送り事項 書類色々の引継を済ませ、雨乾堂へ向かう


廊下の角を曲がった瞬間 私の気配に驚いたのか 木にとまっていた鳥がちいさな羽音をたてて、飛び立っていった
今朝の、見慣れたあの部屋 あの感触 あの光景が 過る


そう、もう決めたことなのだから




雨乾堂のなかへ声をかけ 戸を引くと、浮竹隊長は文机に向かわれていた

「―浮竹隊長、あの」
「御苦労さん 朽木、どうした?」
「その、ご報告を…」
浮竹隊長は穏やかに首を傾げる


「それから、隊務のことで ご相談が…」

変わらなければ、何も―変えられない


胸を押えた手に、梅の枝が折れる感触が伝わってきた

逃げていると嗤えばいい 無様だと、意気地無しだと

それは一番 自分(わたし)が よく わかっている


  


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