「朽木さん 最近楽しそう」


縁で雑巾を絞っていたら、中庭で掃き掃除をしていた清音殿にそう言われた
ぽた、ぽた、ぽた と手から雫が垂れて音をたてる

首を傾げると、「だって、何か表情が明るくなった」とずい、と此方へ身を寄せられる
「そうでしょうか…」と訊き帰すと、「うん」と強く頷かれた

最近は よく恋次達と御飯を食べに行ったり、女性死神協会の集まりに参加したりと、
忙しくも活動的な日々を送っていた その所為かもしれない

朽木の邸には最低限しか帰っていなかった

そして、ここひと月 白哉兄様とまともに顔を合わせていない


いつのまにか、清音殿から出された女性死神協会に関する話題に変わって、二人とも掃除の手が止まっていると
「こんにちは 楽しそうだねえ」と後ろから声がかかった

「京楽隊長!こんにちは」
「こんにちは」
慌てて頭を下げる


客人は浮竹隊長に用事だそうで、清音殿が付き添うことになった
「―…じゃあまたね、ルキアちゃん」
「はい 失礼します」

―ほんの間があった、京楽隊長の言葉に引っ掛かりを感じながらも、清音殿から箒を預かり掃除を再開させる
少しの間 触れていなかっただけなのに、濡れた雑巾は手を一瞬引っ込めてしまう程 冷たかった




「あんなお人形さんみたいに“綺麗”に笑う娘だっけ」
雨乾堂へ続く廊下を進みながら、そう 京楽隊長がちいさく呟いたことを私は知る由も無い










陽が落ち 通りに明かりが灯りだすと、昼間とはまた違った賑やかさが何処からとも無く湧き上がってくる

酒と、その肴と、人の熱気と雑談の匂い

慣れないうちはくらくらと眩暈がしていたが、自分の調子でやっていくことを最近覚えた



「朽木ぃ〜しっかり飲んでるぅ〜?」
「ひっ!」
突然後ろから抱きしめられて、持っていた杯の酒が一滴頬に飛んだ

「乱菊さん!ルキアに絡むの止めて下さい!!」
「なぁによぅ恋次 けちねぇ むさ苦しいアンタよりお姉さんに抱きしめられる方が朽木も良いわよぅ」
「なっ…わっ!?」

「ほらほら朽木〜」
私の隣に居た恋次を突き飛ばし、ゆらゆらと危なっかしい手つきで私の杯に酒を注ぐ松本副隊長に苦笑しながら御酌を受ける
「…いただきます」

ちびちびと其れに口を付けていると、探るような視線を感じた
見るとひどく酔っ払っていた筈の松本副隊長が机に突っ伏しながら此方を見ていた

「あの…」
「朽木、アンタ どうしたの…?」

賑やかな酒の席で、静かな声で唐突な質問

「え、と」
「最近付き合い良いけど…大丈夫なの、ほら…朽木隊長は」

『朽木隊長』―すごく、他人のような名称に聞こえる

「何も、言われていないので大丈夫ですよ」
これは本当のことだ
こうやって夜遅く帰宅しても、私が何処に居ようとも、何をしようとも

「それに、私も子どもじゃないですし」
「そう…あ、熱燗おかわり!」
相槌を打ちつつ、空になった銚子を高く掲げて振りながら松本副隊長は注文を言いつけている

さっき自分の口から出た『事実』に対する動揺の所為か、
喧騒のなかに居る筈なのに静寂に浸かっているようだった

それを遠ざけようと 小鉢の春菊のおろしあえを突いていると、軽く頭を叩かれた
「アタシはいつでも付き合うからね、…お酒があれば尚更」
にっこり と綺麗な微笑を残して、松本副隊長は向こうで暴れ始めた斑目三席と射場副隊長が居る席へいってしまった


松本副隊長と入れ代わりで恋次が戻ってきて、取留め無い話をいくつか交わしたが、
必死に遠ざけようとした静寂は益々容赦なく私を呑み込んでいった


杯の残りを一息に飲み干して、鮮明な意識の下 私は何とか酔いに漂おうと努力をする










  


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