一年 過ぎた

ひとりの夜に、一度は目を覚まし あの娘の部屋を訪れ、現に途方に暮れる
それでも、日は 季節は 私を待っていてはおらず


二年 過ぎた

あの娘のことを覚えているのが、まるで私ひとりのように まわりは何も言わず、何も変わらず
恋次も浮竹も文のやりとりはあるのであろうが、私とは異なった事象であるように 何も なかった



桜も 新緑も 青空も 紅葉も そして、雪景色も
私とは隔絶された世界の事象であった








ある日 邸へと戻ると、何やら騒がしかった

「…何事だ」
「白哉様―実は…、」
清家に問うと、表情を曇らせる

「実は、ルキア様が可愛がっておられた文鳥が…」
いつものとおり、部屋を掃除しようとした使用人が
籠のなかでつめたくなっている文鳥をみつけたとのことであった

「…」
部屋へと向かうと、もう空になった籠が 其処にあるだけであった
触れた籠は、主を失ってしまった悲しみからか この部屋と同じつめたさと孤独をまとっているように思えた


―遠い昔と同じように
いつのまにか 籠から姿を消した鳥

私の脳裏には、その空になった籠を前に うずくまって泣いている、少年の私



「…一週間ほど、家を空ける」
「一週間 で、ございますか?」
「―ああ、」

「………御意」
私の傍らで、清家は驚きもみせずに静かに応える
何も聞かず、何も言おうとはしない

ただ、眼鏡越しの皺に囲まれた瞳は この従者にしては非常に珍しいことに 微かな笑みを含んでいた









隊務を七日ほど空ける為、現時点で片すことの出来る件は総て終わらせた
恋次には書置きを残した

気付くと 丑の上刻になっており、執務室を閉めようと窓の鍵に手を伸ばしたとき、

「―何の用だ」
「こんな時間までいたのか 白哉」
入口から、手をちいさく上げながら 呑気に顔をのぞかせたのは浮竹であった


浮竹に背を向けたまま、最後の窓の鍵を締める
「―行くのか…朽木のところに」
「……」
指に力が入って、鈍く金属が擦れる音をたてた

 『お前が、兄として朽木を想うのなら…今の朽木をとめる権利は白哉には無いと俺は思う
  ……もし、そうじゃ無いのであれば―』
雨乾堂での言葉がよみがえり、無意識に身構えてしまった



「―正直、安心した
 このまま 十年経つんじゃあないかと思ったりもしたんだけどな」
「―…」
「なあ…白哉 朽木は俺の大事な部下で…そう、大切な 部下だから後悔してほしくないんだよ
 でもそれは、お前にも後悔してほしくないんだ 俺は―だから、」

「兄に…気をもまれる筋合いは無い」
「―あるさ ……じゃあ、気をつけてな」

振り向くと 扉の向こうに浮竹の白髪と、隊長羽織ではない―藍鼠の端が揺れて消えた







 そして私は 夜が明ける前に、雪の地へと向けて発った











  進(心掟へ)


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