年の瀬が近付き、邸も隊舎も慌しい空気に塗り替えられる

「隊長、すんません 判子―お願いします」
何枚も 何十枚も目を通せども、捺印すれども、次から次へと 減らない文書

…恋次は常に何かを言いたげにしていたが、この忙しさがそれを赦さない状況をつくりだしていた
或る意味、私もそれに救われていた―何も余計なことを考えずにすむ

―空いた隙間を 意識せずにすんでいた



日も過ぎ 年も明け―…
邸を訪れる顔ぶれ 交わされる挨拶―総ては今までと変わりない
だが 私の傍にあった姿が、今年は無かった


主のいない彼の部屋は 大掃除で片付けられ、ますます元から誰も其処に居なかった印象を与えていた

眠れぬ夜 邸へ戻った際、無意識に此処へと足が向く
どこまで手を伸ばしても、触れる温もりは無いのに―…

ただ 新年の為にと誂えていた振袖が畳紙からその色をみせることも無く、部屋の隅におさまっていた












年始の隊首会のあと、雨乾堂へと足をはこんだ
火鉢がふたつ配された部屋のなかは熱いほどで、磨ったばかりの墨の香りに満ちている

「用とは、何だ」
呼び出した浮竹は文机へ向かい、私に座るよう促してから―私の問いでようやく顔をあげた
「ああ、朽木から報告書がきてな― こっちは阿散井君に渡してくれ」
私に広げたままの報告書と文をよこす
「……そうか」
『阿散井恋次六番隊副隊長殿』と宛名の書かれた文は 懐へしまうと、かさり と微かに音をたてた
「今 返事を書いていたんだが―白哉も何か書かないか」
「……」
私が何も言わずにいると、浮竹は大仰な溜息を吐いた
「―ああ悪い、白哉 茶がまだだったな」
「構うな」
「まあ そう言うな」
そう言って 浮竹はさっさと出て行ってしまった

ひとり 残された私は手にある文書に目を落とす
虚の出現状況、環境などの報告のみで近況などは書いてはないが、微かにくせのある 見慣れた字であった

―ふと 立ち上がり、まだ浮竹が帰ってこないことに気をやりながらも、文机の前に座した
散らかった文机から 巻紙を探しだし、筆をとる

「―…」
今まで あの娘に文など書いたこともなかった

硯に筆を預け、また手にとり…
それを繰り返しながら、一体 何を書くのだ と、まだ三文字しか筆がすすんでいない文面を見やる
だんだんと 諦めに似た感情がうまれ―巻紙を字の幅に沿って折り目を付け、文箱に収められていたちいさな刃のついた文房具で裁つ

指ふたつで拾いあげたその紙片を、裏返し 先程まで浮竹が書いていた文に重ね置いた








六番隊舎へ戻り 預かった文を渡すと、恋次はそれをじっと見つめ
「―隊長、本当に良かったんですか これで…」
と呟くように問うてきた

時折みせるこの男の―ルキア極刑のときに対峙したときの、私にかたちの無い不快感を与える表情が今日は一層 険しい
おそらく、何を言っても納得しないのであろう―…
「…隊務に戻れ」
そう一言告げて、執務室の戸を引く

奴の動く気配は無く、私は背に視線が向けられているのを振り払うように 戸を閉めた












  


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