睡眠をとり、食事をし、隊務を勤める
生活のかたちは、これまでと大きな変化は無い

しかし、歪みは確実に崩壊へ―足音をたてずに
空いた穴は、埋まることは無く






邸のみならず 隊務の場でも、あれの姿を見ていない まるで、元から居ない と錯覚しそうになるほど
今まで 気にかける ことを行動にうつしたことがない私は、この状況をうまく把握出来ずに

ただ 冷たい夜を重ねていた



「それでルキア、結局 乱菊さ―松本副隊長のところへ泊まったらしいっす」
きっかけが何であったかは定かでは無いが、恋次が言った
返事を返さずにいると 此方をうかがう様な気配を感じ、書類から視線を上げると何やら気まずそうに頭を掻いている

「…何だ」
「いや、隊長― 何も言わないんですね…」
「何がだ」
この男の言わんとするところが、解らなかった

「―、判子 有難うございます」
僅かに溜息を吐いて、赤毛の部下は書類とともに部屋を出て行った
その瞬間から胸の内を襲う、原因のわからない苛立ちのような不快感

気付けば、硯に押し付け過ぎた小筆が軸際までおりてしまっていた








正午までに片付けるべき仕事が終わったので、恋次に何かあれば連絡するようにと言い付け邸に戻ることにした
朝からあまり気分もすぐれなかった為、ちょうど良い


自室へと続く廊下で、やはりあれの気配は無く 残っていたとしても日に日に薄くなっていくように感じられる
昼餉はとらずに着替えをすませ、縁に腰を下ろし庭を見やる

松の緑も弱く、色の無い庭はあたたかみもやわらかさも無い
今まではそのようなもの必要ないと思っていた
花や鳥など、愛でることを知らなかった

目蓋を閉じると、遠くのほうで哀しげな鳥の声が聞こえた





「―、」

いつのまにか眠っていた
陽が落ち 庭の景色は闇に沈もうとしている
部屋へ入ろうとした そのとき
冷たい空気が運んできた霊圧の感触に 私は足早に、障子も襖も閉めずに部屋を後にしていた







灯りが点いていた その光景をみるのは、いつぶりであろうか
しかし、私のなかでは一体何を言うのか 何故、私は此処に来たのか
戸惑う感情が渦巻いて、立ち尽くすしかなく

文机のまえに座るその背を、ただ みつめて
灯台のほうへ向くその横顔に息を呑んだ 瞬間、
灯りが吹き消され、私は一歩後ずさった

手が当たった襖は、ちいさな音をたて


ゆっくりと、ルキアは此方へ 振り向いた










 



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