その部屋はまるで、此方とは時間の流れが異なっているかのような 妙な落ち着きがあった
「ルキア」
部屋のなかの少女の名を呼ぶが、届いていないように


「白哉!俺の話を―」
私の肩に触れた浮竹の手を「今、用があるのは兄では無い」と言い棄て、再び ルキアのほうへと向き直る
「話が、ある」
常ならば、この娘は私が話だすのをじっと待っていたのだけれど、
「話すまでも、兄様 私が 望んだのです」
非常な現が其処にあった


「遠征部隊への配属の件―…」
「はい 私自ら、配属を希望しました」

淡々と

「何故」
「限界だと 思ったからです」
「限界…?」

思案する様子も無く

「これ以上、兄様 貴方の御傍にはいられません」

「どんなに貴方に触れられようと、共寝をしようと―私は、緋真姉様にはなれません」
ルキア本人の口から突きつけられた 現
目の前がぐにゃり と音をたてて少しずつ歪んでいく

私は今 一体 どんな表情をしているのだろうか
怒りとも、絶望とも、哀しみともとれないものが、私の思考を麻痺させていった

ただ
「―そうか」
とひと言 残して部屋を後にするしかなかった

愚かにも―今までルキアに背負わせていたものの重みを、はじめて 知った瞬間であった







「―っ白哉、話が ある 色々 聞きたいことも」
「…」

あの部屋から出て 長い廊下を歩いていると、浮竹が追ってきた 少々 息があがっている
応えずにいると、背に硬い拳がぶつけられた
「白哉!―話をきけと言っているんだ!!」
隊舎中に聞こえるような、この男には在り得ない 怒鳴り声に、背の痛みがじわりと広がる

「…此方も兄に聞きたいことがある」
「じゃあ雨乾堂に 此処では話せないだろう」
僅かに安堵したような溜息を吐きながら浮竹が提案する
私たちは、先程の大声に反応してざわつく隊士を避け、離れの浮竹の隊首室へと向かった







「お前としては、俺に腹をたてているんだろうな」
障子を閉めながら、浮竹はそう きりだした

「―何故、私に話さなかった」
「その理由を話すなら、そのまえに 白哉 俺もお前に聞いておかなければならない」
「…」

「先程、朽木が言っていたことは 本当か?」

「…本当(まこと)だ」
―たんッ
乾いた音をたてて、最後の障子が閉められた
閉鎖されたこの空間には、外の池の水の音ですら聞こえない

「―っ そうか…」
浮竹は眉をしかめながら、私の向かいに腰を下ろした

「何故 遠征部隊配属の件を私に話さなかったのだ」
これ以上、あの ことについては触れられたくなかった それよりも

「俺はいつだって、朽木の一番良いと思える方向に進めるように支えているつもりだよ 今回も」
「どういうことだ」
僅かに急かすように続きを促すと、浮竹は溜息をまたひとつ吐いて
「白哉、お前と距離をおいたほうが良いと思ったから、俺は朽木の申し出にお前を介さなかった」
と、告げた







 


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