「白哉様、どちらへ―…」
非番だというのに、まだ日昇らぬ早朝から身支度を済ませた私をみて、清家が困惑した表情で問う
「所用だ」
「ですが…今日は…」
そう 今日は、ルキアが赴任地へと出立する日であった
此処から二日 三日…はかかる 今の季節は雪が深い地だときいていた
「―出立前に、荷を此方へ取りに来られると聞いております、」
「…そうか」
銀白風花紗も牽星箝も付けていない、鏡に映った姿に揺らぎが無いのを確認してから
灰白くなりはじめた空の下、供もつけず ひとり あの場所へと向かった
少し小高い丘のうえに位置する其処は、ひっそりと朝の光に照らされていた
「―緋真」
手折ってきた梅の花を置きながら、此処に眠る彼女の名を呼ぶ
朽木家の墓と別に そして流魂街になるべく近いこの丘に墓を建てたのは、緋真の願いであり、私の意志であった
墓碑のまわりは、傍らにある椿から落ちた花に彩られている
「緋真…私は―…」
墓石に触れると、朝露が玉となり、手指を滑る まるで、涙のようだ
緋真と過ごした日々が閉じた瞼の内で浮かんでは、消える
「赦して欲しいなどとは微塵も思わぬ―」
墓石から手を離し 立ち上がると、頭上高くで鳥が甲高く鳴いた
「お前との約束は、最初は私にとって義務だった だが、いつからか」
―ぽとり
静かに、まだ鮮やかな紅色が落ちた
「自然なことになっている―いつのまにか、今では…自然と
だが…
すまぬ 緋真、私はあの娘を傷付けた― 兄 として護ることをやめてしまった」
「…赦して欲しいなどとは思わぬ 緋真、それでも私は―己に嘘は吐かぬように…」
風が木を揺らすたび、花が落ちていく
ひろげた手はもう 濡れてはいなかった
夕暮れとともに邸へ戻り、まっすぐに彼の部屋へと足を向けた
家具はそのままの状態で、ひとが居た という気配のみ、完全に消えて無くなっていた
灯りを点し、ぼんやりと部屋を見わたす
目の端に映った色に、振り向くと
楝色の着物が打乱筥に納められていた
私が気に入っていた装いのひとつ―…其れに舞う桜にそっと触れる
着物へと落ちた雫が、しん しん…と濃い染みを静かにつくっていた
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