音も無く、世界は白く染まっていく
空を高く漂う鳥には、私は そのなかの染みのように黒く滲んでみえるのだろう
痛みを感じない程に冷たくなった頬まで襟巻きを引き上げながら、家路を急いだ
赴任地は雪の深い地域ではあるが、冬生まれだからか、斬魄刀の属性故か 寒いのは苦手ではない私にとっては、聞いていた程の過酷な環境では無かった
食料をはじめとする生活に必要なものは、月に二回 報告書などのやりとりと併せて送られてきていたし、―なんだか 流魂街時代に戻ったようでもあった
玄関脇の軒に木箱の荷が届いていて、米が入っている為か凄く重いそれを引き摺って入る
「ただいま 戻りました」と戸を開けても 返ってくる言葉は無いが、それでも一度身に付いた習慣というのはなかなか変わらぬらしい
火鉢に火を熾してから 荷を解くと、一番上に文がのっていた
浮竹隊長と、それから 恋次からのものであった
この辺りは伝霊神機が通じない所為で、一番最初の荷と一緒にきた恋次の文は長々と私への文句が書き連ねてあった
絶対 反対されるだろうと思ったのと、気持ちに揺らぎが生まれそうだったから あ奴には何も言わずに来てしまったのだ
今回の文は『生きてんのか!?』で始まり、『ちゃんと食ってんのか』『戸締りはしっかりしろよ』などが無骨な字で認められている
「…私の保護者か 貴様は」
呆れながらも、昔と変わらないごつごつとしたあたたかさに笑みがこぼれた
浮竹隊長の文は恋次の内容とさほど違いは無いけれど、清音殿と小椿殿は相変わらずだそうで、取っ組合いの末 雨乾堂の氷が張った池に仲良く落ちた とか、浮竹隊長の丹前が今年は二枚重ねになった など、十三番隊の近況についても書かれていて、郷愁に似たものを感じそうになる
三枚目をめくろうとした そのとき、
ひらり と膝に白いものが舞い落ちる 一筆箋であった
裏を向いたそれを、そろり…と指先で拾い上げる
そして、息を呑んだ
『息災か』
恋次の無骨なものとも、浮竹隊長の穏やかなそれとも違う、典雅で端正な字のひと言
脈と呼吸が速くなる 身体が重くて、指が痺れた
涙はでないのに、嗚咽のようなものがこみ上げてきて、口を手で覆った
「これで全部ですか?」
裏挺隊隊士に報告書や文を預けると、そう確認された
「えっと…、はい お願いします」
「承りました」
そう告げるとすぐ、その姿は無くなった これが任務とはいえ、このような辺境の地まで御苦労なことだと思う
雪掻きの途中であったが、また ちらほら と降りだしたので、作業をやめて 積もった雪に寝転がった
吐息の熱で溶けた雪が雫となって唇を滑る 私の重みで、じわ じわ と少しずつ沈んでいく感覚に身を任せながら ただ空を見ていた
文箱のなかの あの一筆箋への返事は、まだ だしていない
何度か筆を持って 紙に向かったのだけれど、文字を組み立てることがどうしても出来なかったのだ
己の気持ちを整理する為に、この地へ ひとり やってきたのに、
あの三文字は しんしんと 降り積もるばかりの雪のように、私の身動きを取れなくする
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