流石 辺境といったところか この地域は虚の出現は少なく、刀を振るう事態も数えられる程であった

雪の時期は長いものの それでもきちんと四季はめぐり、蕗の薹で春の息吹を感じ、緑の鮮やかさに夏の到来を知り、瞬く間に色を変える木々より秋から冬への移り変わりをみる

この生活にも自分なりのやり方を覚え 山菜を採ったり、川で魚を捕まえたり、家の片隅で錆が付き始めていた鍬を使って、ちいさいけれど畑を耕してみたりした―種は頼んで送ってもらった
案外 私は自分が思っている以上に逞しかったようだ
そう 恋次への文に書いたら『頼むから 性別はそのままでいてくれ』なんて失礼な返事がきた

料理の腕も 評価してくれる者はいないが 上達したと思う ひとりぶんを作ることに、やっと慣れた





此処に来て、三年が過ぎた


規則正しく 今年も訪れた冬は昨年より厳しく 雪はさらに深く、食べ物に困った小鳥が縁の軒先に数羽 集まってくるようになった
今では私の手から 餌の粟を啄むまで馴れ、私もその日課が楽しみになっている

雪で濡れた縁に立つと、景色の白に太陽の光が反射してきらきらと眩しい
粟を入れた小皿を置くと、ちいさな羽音がして 馴染みとなった顔ぶれが今日も揃った
小皿はすぐ満員になってしまうので、手にも少し粟を持ちながら 彼らの食事を見守る


そういえば、朽木の邸で飼っていた文鳥はまだ元気だろうか…?
当然 このようなところへ連れてくるわけにはいかなかったのだが―改めて 自分が あそこ に残してきたものの多さを感じる

俯きかけた私の手を、鶲が ついつい とつついてきた

「おまえ達のおかげで淋しくないよ」
わかってくれているのか そうでないのか、手にまた少し粟を足してやると食事を再開する姿に苦笑する



あれきり 兄様からの文は無い 私もまだ、あれから返事をだしてはいないのだけれど
意識が手紙に向きそうになり、冷たい空気が ゆらり と揺れた



私の腕の上で、腹が満たされたのか 毛繕いを始めていた鶲が突然 カッカッ と鳴いて飛び立っていった それに続いて、他の小鳥達も飛び去っていく
見遣ったその向こうに、ふ と立ち止まった人影らしきものが見え とっさに袖白雪に手を掛けた


「―っ、」

雪の白が視界を眩ます
構えながら探った気配には、殺気などは微塵も感じられず―代わりに其れは、私の とても よく知る ものであった













軒に下がった氷柱から、雪に反射する光に当てられた金剛石のような雫がぽたり と落ちた

―ように思った

でもその雫は僅かに温もりを含んでいて、地面の雪を微かに溶かして其の白に染みる



私は泣いていた 一点にすいよせられた目をそらすことが出来ないまま




私が動けないでいると、止まっていた人影は雪を一歩 一歩 踏みしめるように、此方へ向かってくる

まさか と思っても、夢ではないかと信じられなくても、速くなる脈と呼吸、重くなる身体、痺れる全身が現実だと告げていた




「息災か」


何度も 何度も、記憶のなかで再生したあの三文字が、肉声で私の耳に届く


「白哉兄様」

速い呼吸に遮られながら呼んだそのひとの名は、ちゃんと聞こえただろうか

私の呼び掛けに 兄様の歩みが止まるまえに、私は足袋のまま縁から降りて 歩き出していた








  


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