いつのまにか 陽はおちて、灯りが要る暗さが其処まできていた
火鉢の炭が時折たてるちいさな音しか聞こえないほど 戸を揺らす風も無く、外ではただ静かに 雪が降り積もっていっているのだろう
ひとりぶんではない静寂は、どことなく居心地が悪いような そうでないような感触で
私は火鉢向こうに座る白哉兄様に薄らと視線を移した
朽木の邸とは違って、この家は部屋数が少なく狭い
独り住まい用に建てられたものなので 当たり前なのだが、この広さの空間で兄様と居るのはとても 何というか 戸惑われた
話す言葉はあまりなく、それよりも全身の感覚を使って、少なくとも私は兄様を“うかがって”いた
自分のなかで整理しきれない想いがぐるぐると渦をつくっている
どうすれば良いかわからなくなってきて、そういえば 夕餉の準備がまだなのに気付き そそくさと台所へ向かった
この状況をつくったのは、一時はあれだけ拒絶の態度をとっておきながらも、雪が舞いはじめたこともあり「とりあえず…」と、客人を招き入れた自分なのだ
外の様子も考えて、無下に帰ってもらうわけにもいかず―それに、兄様が何故 此処へ来たのか まだ聞いていない
ふたりぶんの銀杏切りの大根を包丁でまな板の端に追いやりながら、私は溜息を吐いた
「…このようなものしか、出せませぬが」
味噌汁に焼魚、そして御飯 それだけの質素過ぎる御膳をだすと、兄様はひと言「頂こう」と仰った
兄様の手に、私がいつも使っている兎模様の茶碗がこじんまりと収まっているのが 何だかおかしかった
そういえば 兄様に私の手料理を召し上がって頂くのは、これが初めてではないだろうか
丁寧な箸使いで、静かに食事がすすんでいく
「…食べぬのか?」
そう聞かれ、ぼんやりと兄様を見つめてしまっていたことに気が付いて、
「いえ、私は―お茶 淹れてきます」と再び 台所へ逃げ出した
火にかけた鉄瓶の前で、顔を両の手で覆う
ぐらぐらと音をたてて、湯は直ぐに沸く
「どうすれば…」
震えが止まらない
容赦無く 夜がきてしまう―…
「私は此処で良い」
一式しかない夜具を準備したら、兄様は壁に背を預けながらそう仰った
「―、でも」
「良い と言っている」
「…はい」
目を閉じている様子から、何度言えども同じ答えなのだろう
「おやすみ なさいませ…」
火鉢を兄様の御傍へやり、私は寝間へと下がった
布団のうえへ、力が抜けて座り込んだ
全身の緊張が一気に解けていく
「…―私は、」
何を考えていたのだろう
三年前までの夜のこと
三年前までの白哉兄様
三年前までの私
あれは実際にあったことだった? それさえもあやふやになるほど、再会は淡々とし過ぎていた
「着替えねば…」
寝間着を見に着けながら、火を絶やさぬようにしているとはいえ 冷える部屋に、綿入れを羽織る
「……」
そっと戸を開けると、私が下がったときと同じ姿の兄様が見えた
足音をたてないように、掛け布団を抱えて近付く
眠っておられるのか 否か、わからないけれど そっと布団を体に掛ける
傍の火鉢の炭の状態を確認しつつ、其処に腰を下ろした
人が寄るからであろうか 寝間よりも暖かな空気が辺りを漂い始める
「白哉兄様…」
聞こえないように口先で呟く
「兄様」
さっきよりは、少しおおきな声音で
―白哉 兄様…、
三回目は言葉にならなかった
涙と一緒に、感情が溢れ出す とまらなかった
私は このひとを、愛してしまっている…
愛しい
いとしい
三年の歳月をかけて さらにふくれるように育ってしまった感情と、目をそらし続けた自分の想いを
どうにもできないほどに、私はこのとき まだまだ子どもだった
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