現へと意識が浮上しても、また新たな眠りへと引き込まれ、沈んでいく
眠りに揺蕩う私の口元へ、ふわり とあたたかい気配が 触れて―…
そんな感触がして、漸く 目を開けた
剥き出しの天井の梁が見えて、此処が寝間ではないことに気付く
起き上がった肩から するり と掛け布団が落ちた ぼんやりとしている頭で考える―確か これは…
綿入れを羽織ったまま寝てしまっていた自分の状態に、慌てて 立ち上がった
「―っ、」
玄関の引戸を開けると、冷たく澄んだ空気と明るい光が入り込んできた
寝間着に綿入れはやはり寒いけれど、それでも 雪が深く積もった辺りを見渡した
人がこの雪を掻き分けて、外に出た形跡は無く―…
「…ルキア」
名を呼ばれ 振り向くと、縁に腰を下ろした白哉兄様が 居た
無意識に 大きく息を吐く
「…おはよう ございます」
「ああ」
雪が足裏を突き刺してくるが、裸足のまま縁へと近付いた
何処からともなく、私の肩や頭へと 小鳥が飛んでくる
「おまえ達も、おはよう」
いつものように 小鳥たちに餌を用意していると、その様子を兄様がじっとみていた
「…馴れておるのだな」
「どうぞ 兄様も宜しければ…」
と、餌の入った小皿を差し出すと 僅かに戸惑われた表情をされる
「いや…、」
私は兄様から少し離れた場所に座り、ふたりのあいだにその小皿を置いた
小鳥が餌を啄む音と、ふたりの白い呼吸音しかきこえない
世界に、私たちしかいなくなったような錯覚さえ 起こしそうになる―
「―明日には、発つ」
兄様のその一言で、私は冷たい空気の満ちた現に引き戻された
…そうだ
白哉兄様はただでさえ お忙しい御立場なのだ 頭ではそう解っているのに、なのに
「…いつも、兄様は」
いきなり縁から立ち上がった私に驚いて、兄様は此方を向いて、小鳥達は羽音をたてて一斉に飛び立っていった
「、」
「兄様は」
唇を噛むと、涙が滲んだ
―今から私の口から出る言葉はきっと
今以上に、わたしたちの関係を歪ませ 壊してしまうことになるのだろう
でも白哉兄様は、ただ静かに其処に居て
もう、逃げることは 私自身が許さなかった 此処に来た時点で、もう逃げ場は無くなっていたから
「…何故、此処へ来られたのですか?
何故、私に触れられるのですか?
何故、私を惑わすことをなさるのですか!?
何故、私を
―私を、どうなさりたいと…」
胸が詰って、息が途切れた 情けないほど、涙が零れた
どうか、なにか 仰って下さい―…と 願った
私のみる世界は滲んでいても、白哉兄様の表情は揺らぎがなかった
「お前は―“妹”だ」
「……わかって、おります」
その 兄様の言葉は、私の頭に鈍い痛みを響かせた
「―だが、私が歪ませた…」
静かに、吐き棄てるように言って、私に向き合うように立ち上がった兄様は、陽を背に あの日のように影で表情がみえない
「ルキア、お前を―苦しめた」
…いつからだったか、
言葉が足りずに 表情をみようとせずに
理解しようとすることを 諦めてしまったのは
いつからだったか、理解されようとすることを 諦めてしまったのは
いつからだったろう
理解し合うことを諦めたわたしたちの世界が、歪みを求めるようになってしまったのは…
「…私は、構いませぬ」
「ルキア」
「三年前、貴方から離れたのは…私も、歪んでいるから だから、兄様―」
言い終わらぬうちに、私は兄様の影にとけていった
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